防衛機制―守護者と壁の役割―
★『補償』★
補償――
一般的には、失ったものや足りないものを、何かで補うこと。埋め合わせすること。
心理的には、劣等感を持つ時などに、他のもので補おうとする働き。
他の人が当たり前に持っているもの、あるいは、ある集団でそれを持つのが必須・当然とされるもの、それがない時、どうしても劣等感を抱いてしまいます。
また、それを外部から指摘されれば、なおのこと、抱かざるを得なくなる。
そういうことを意識するのは自我にとっては堪らないので、何とかそれを打ち消そうとする。
そんな働きが、補償です。
で、打ち消すために頑張るのですが、その方法・方向は、いろいろあります。
ある人は言語に障害を持っていましたが、それを克服しようと奮闘し、雄弁家になったといいます。
またある人は、身体的なハンデを克服し、立身出世する。人の上に立つ人になる。
平易な例では、何かが苦手でも、他の面で頑張り、劣等感を克服しようとします。そして結果として、一角(ひとかど:ひときわ優れていること)の人物になる。
このように、補償という埋め合わせは時に、人を成長させるエネルギーになります。
また、その背後には、劣等感を埋め合わせするために優越感を求める、といった心理作用も見受けられる。
ユングはこの補償を、調整機能だと考えました。
例えば、意識的な態度に目立って欠けているものは、無意識によって補償される。
普段目につかないものは、それがないのではなく無意識にあって、やがて活性化されてくる。影のようなものの場合、自分が否定しているものが意識に影響を与えてくるので自我は困るのですが、そのような対決を通して、今までなかったものが補われることになります。
無意識との対決が、やがて統合を生み、今まで欠けていたものが人生に組み込まれ、補償されてゆくのです。全体性に近づいていきます。
このような作用は、身体にもあるようです。
周囲が暑くなれば、身体は熱を逃がそうとする。周囲が寒くなれば、身体は熱を温存しようとする。
また、何らかの理由で自分自身が熱くなったり冷えたりしても、それとは逆の方向に調整機能が働き、生命を維持しようとします。
これを、「恒常性/ホメオスタシス」と呼びます。
ユングは、このような作用が心にもあると考えたんですね。
人間は生きているとどこかの方向に邁進するので、逆の方向からは離れます。何かには熟練するけれど、別の何かは手つかずになる。未成熟なままになる。
で、そのままだとバランスは悪くなるし、足りないものはずっと足りないままなのですが、ここで無意識による補償作用が働いてきます。
無意識が、意識に影響を及ぼすようになってくる。
それ故に、人は悩んだり苦しんだりするのですが、実は、それは無意識により、調整しよう補償しようという試みであり、人を生かそうとする自然な働きなのです。
この辺のところは、ユング心理学のいろんなところで出てきます。
タイプ論、影との対決、コンプレックスに関するもの、あるいは、夢、そのすべてに、補償作用というものが、関わっている。
人は意識外の活動によって、生かされています。
今この瞬間も、呼吸し、細胞は死と再生を繰り返し、内臓やいろんな器官も働いています。無意識のうちに、人間を生かしてくれる。
で、そのような作用が心にもあり、あまりに偏った態度や、一面的になりすぎた生き方を、修正してくれるのです。
人を生かし、破滅から救うために。
なので悩みは、実は、救いなんですね…
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