表紙過去ログ
【2009年07月(2)】
◇「第25回 奥にあるもの/コンプレックス」◇
(第1回〜第24回は表紙の過去ログの目次ページからどうそ)
河合隼雄先生の本の中で、以下のような事例が紹介されています。
ある中年の女性が相談に来られた。話を聴くと、職場が面白くなく、体の調子まで悪くなってきたという。特にある同僚に対して、嫌悪感が強い。
その同僚について話すうち、料理が得意だという話題になったのだが、その途端に猛烈な勢いでこの人は攻撃し始めます。全エネルギーを傾けるかのように、辛辣に攻撃する。それはもう、調子が悪い人とは思えないほどに。
ところが、面談を重ねるうち、いろいろと明らかになってきます。それによると、この人は母親を早くに亡くしており継母に育てられてのですが、その継母からことあるごとに女の子らしくしろ女の子らしくしろと言われて育っており、それに強く反発してきたらしいのです。そして、女の子らしく育っている義理の妹に対しても、複雑な感情を持って生きてきたと。
(岩波新書「コンプレックス」P26 より)
端折って書いたので分かり難いかもしれませんが、この例では、段のような構造が見受けられますよね。
一番はじめに見えたのは、「職場が面白くない」とか「体の調子が悪い」という症状です。これが意識化された問題。目に見える、最前面のもの。
次に、「ある同僚」の話が出てきます。この人が腹が立って腹が立って、仕方ないと。
ここで早計に結論を急いでしまうと、「その同僚のせいだ」となってしまい、そこで終わるのですが、仮にその同僚をこの人から離したとしても、事態が好転するかどうか分かりません。一時的に好転するにしても、同じようになるか、あるいは、別の問題により苦しむ可能性だってある。
そこで止まっている時点では分かりませんが、その奥に隠されたものがありますものね。
ここで話を聴くほうは、ひたすら彼女の話に耳を傾けることに徹するのですが、そこからいろんなものが出てきます。
同僚の問題の先には、料理というこだわりがありました。更に奥には、女らしい生き方というものがあり、それには彼女の生い立ちや家族(の価値観や生き方)が関係していることも分かってきます。
このように、一番目につくのは症状で、他のものは本人にも第三者にも最初は分からない。ただ、話をしていくうちにいろいろと出てくる。出てきたものにパッと食い付くとそこで終わってしまうのですが、出尽くすまで聴いていると、更にいろいろと出てくるんですね。
◇
この話では、いろいろと「腹を立てていること」が出てきます。
最初は、「同僚」として意識に現れました。意識に現れ、言語化され、説明された。
次に、「料理」ということが語られます。語られるというか、猛烈な勢いで糾弾される。ここに現れるエネルギーについては、コンプレックスの性質をよく表していますね。
そして、話が進んでいくうちに、「継母」とか「義理の妹」という相手が出てきます。
いったいこの人は何に腹を立てていたのか? と考えると、いろいろと思うことがありますよね。
それに、表層はともかく、奥に行けば行くほど、単純に「腹を立てる」だけでは処理できない感情がありそうです。それだけでは割り切れないものがありそう。
だいたい、腹を立てるというのは、関係があるから腹が立つことが多いようです。見ず知らずの誰かが何をしようと、(余程のことでない限りは)腹は立たない。逆に、関係がある人に対しては、余程でなくても腹が立ってくる。
上の例だと、同僚が料理をしようがそれがうまかろうが、本来は(あまり)関係のないことです。にもかかわらず、腹が立つ。というのは、コンプレックスの特徴である複雑な感情により、関係あるものと関係ないものが、ごっちゃになっているんですね。だから腹が立ってしまう。
☆
ところで、この問題に触れ、河合隼雄さんは「カイン・コンプレックス」というものを挙げてくれています。
カインとは「カインとアベル」のカインです。旧約聖書の創世記第4章に登場する人物。
最初の人間アダムとイヴの長子であるカインには、アベルという弟がいました。ある日、二人は神に収穫物を捧げることになります。土を耕す者であるカインは、地の作物から捧げ物を持ってきました。羊を飼う者であるアベルは、羊の初子の中から更に最良のものを捧げました。すると、神はアベルの供えたものを喜びましたが、カインの供えたものは目に留めませんでした。そこでカインはひどく怒り、弟であるアベルを殺してしまいます。
カインは嫉妬に駆られて、弟であるアベルを殺してしまいます。「腹を立てる」という捉え方だと、弟に腹を立てたわけです。
しかし、それだけでしょうか? 奥に隠れたものはないのでしょうか?
カインはおそらく、「なぜ、弟が」「なぜ、弟だけが」と思ったのではないかと思います。ということは、表面上は弟に対して怒っているにしても、深い内面では、別の存在に怒っていたのかもしれません。いや、怒るというだけでなく、複雑な感情がありそうです。
また、こういう布置は実際にもあって、深い部分ではある存在に怒っているのに、うまい具合に感情を向けることができず――また、それだけの事情があって――その代償として別のものに怒りをぶつけるというのは、いろんなところでありそうです。身近な例から事件性のあるものまで、いろいろとあるでしょう。
そして、腹を立てるとか怒るとか、そういう感情だけではなく、そこには複雑な感情が存在しそうです。割り切れない複雑なものが、そこにはありそう。説明できない、言語化できないものが、渦巻いていそうですね。
そして、これも気に留めなければならないのが、アベルは最良のものを用意し、カインはそうはしなかったこと。
カインの怒りはアベルに向けられたのですが、その奥には、この事実も隠れていたのかもしれません。明確に意識化されないものの、意識の奥には潜んでいたかもしれませんね。
ということは、誰だって何かに腹を立てながら、その奥には、「自分のしてしまったこと」や「自分のしなかったこと」が隠されているかもしれないということです。
もちろん、それだけじゃないですよ、上で述べた複雑な感情と共に、それもあるのです。
こんなに絡まっていれば、そりゃ、分かり難いですよね。意識化したり言語化したり、そういうのは難しそう。強い感情が伴なっているわけだし。
☆
と、このように、主体性を脅かすような思いがけない現象の奥には、いろんなものが存在しそうです。それも、段になって、幾つもの要素が隠れていそう。しかも、聖書や神話の時代から受け継いでいる、人間の業(ごう)のようなものまで見えてくるのですから、深いですね。表面上のものだけでは把握できないはずです。
更に、そこに強い感情まで絡まるのですから、そりゃ意識できません。
その感情にしても、表に現れている感情だけでなく、いろんな複雑な感情が絡まりあっているわけだし。
☆
こういうことを考えると、表面上のものを追っているだけでは何も分からないことが分かりますね。
問題は幾つもの構造を持っているようだし、複雑な感情まで絡まっている。ちょっと見ただけでは何も分かりません。しかもその深さたるや、神話の時代からある人間の業にまで関係しているという。
そりゃ、一筋縄ではいきませんわ。
そして、ここで大事なことは。奥にあるものを吐き切ること。あるいは、それを最後まで聴くこと。
このようなことには、とんでもない時間と労力がかかりそうですが、それ無しには出てこないものなのかもしれません。
そして最初は、どぎついものや激しいものが出てくるのかもしれませんが、奥に溜まっているものが出てくるのだから、そういうものなのでしょう。
こういうのは、出てくる間に、やがて落ち着くものなんでしょうね。
しかし、人間というのは、奥にいろんなものを持っているものなんですね…
(続きは「二つの心/コンプレックス」に…)
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◇「第25回 奥にあるもの/コンプレックス」◇
(第1回〜第24回は表紙の過去ログの目次ページからどうそ)
河合隼雄先生の本の中で、以下のような事例が紹介されています。
ある中年の女性が相談に来られた。話を聴くと、職場が面白くなく、体の調子まで悪くなってきたという。特にある同僚に対して、嫌悪感が強い。
その同僚について話すうち、料理が得意だという話題になったのだが、その途端に猛烈な勢いでこの人は攻撃し始めます。全エネルギーを傾けるかのように、辛辣に攻撃する。それはもう、調子が悪い人とは思えないほどに。
ところが、面談を重ねるうち、いろいろと明らかになってきます。それによると、この人は母親を早くに亡くしており継母に育てられてのですが、その継母からことあるごとに女の子らしくしろ女の子らしくしろと言われて育っており、それに強く反発してきたらしいのです。そして、女の子らしく育っている義理の妹に対しても、複雑な感情を持って生きてきたと。
(岩波新書「コンプレックス」P26 より)
端折って書いたので分かり難いかもしれませんが、この例では、段のような構造が見受けられますよね。
一番はじめに見えたのは、「職場が面白くない」とか「体の調子が悪い」という症状です。これが意識化された問題。目に見える、最前面のもの。
次に、「ある同僚」の話が出てきます。この人が腹が立って腹が立って、仕方ないと。
ここで早計に結論を急いでしまうと、「その同僚のせいだ」となってしまい、そこで終わるのですが、仮にその同僚をこの人から離したとしても、事態が好転するかどうか分かりません。一時的に好転するにしても、同じようになるか、あるいは、別の問題により苦しむ可能性だってある。
そこで止まっている時点では分かりませんが、その奥に隠されたものがありますものね。
ここで話を聴くほうは、ひたすら彼女の話に耳を傾けることに徹するのですが、そこからいろんなものが出てきます。
同僚の問題の先には、料理というこだわりがありました。更に奥には、女らしい生き方というものがあり、それには彼女の生い立ちや家族(の価値観や生き方)が関係していることも分かってきます。
このように、一番目につくのは症状で、他のものは本人にも第三者にも最初は分からない。ただ、話をしていくうちにいろいろと出てくる。出てきたものにパッと食い付くとそこで終わってしまうのですが、出尽くすまで聴いていると、更にいろいろと出てくるんですね。
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この話では、いろいろと「腹を立てていること」が出てきます。
最初は、「同僚」として意識に現れました。意識に現れ、言語化され、説明された。
次に、「料理」ということが語られます。語られるというか、猛烈な勢いで糾弾される。ここに現れるエネルギーについては、コンプレックスの性質をよく表していますね。
そして、話が進んでいくうちに、「継母」とか「義理の妹」という相手が出てきます。
いったいこの人は何に腹を立てていたのか? と考えると、いろいろと思うことがありますよね。
それに、表層はともかく、奥に行けば行くほど、単純に「腹を立てる」だけでは処理できない感情がありそうです。それだけでは割り切れないものがありそう。
だいたい、腹を立てるというのは、関係があるから腹が立つことが多いようです。見ず知らずの誰かが何をしようと、(余程のことでない限りは)腹は立たない。逆に、関係がある人に対しては、余程でなくても腹が立ってくる。
上の例だと、同僚が料理をしようがそれがうまかろうが、本来は(あまり)関係のないことです。にもかかわらず、腹が立つ。というのは、コンプレックスの特徴である複雑な感情により、関係あるものと関係ないものが、ごっちゃになっているんですね。だから腹が立ってしまう。
☆
ところで、この問題に触れ、河合隼雄さんは「カイン・コンプレックス」というものを挙げてくれています。
カインとは「カインとアベル」のカインです。旧約聖書の創世記第4章に登場する人物。
最初の人間アダムとイヴの長子であるカインには、アベルという弟がいました。ある日、二人は神に収穫物を捧げることになります。土を耕す者であるカインは、地の作物から捧げ物を持ってきました。羊を飼う者であるアベルは、羊の初子の中から更に最良のものを捧げました。すると、神はアベルの供えたものを喜びましたが、カインの供えたものは目に留めませんでした。そこでカインはひどく怒り、弟であるアベルを殺してしまいます。
カインは嫉妬に駆られて、弟であるアベルを殺してしまいます。「腹を立てる」という捉え方だと、弟に腹を立てたわけです。
しかし、それだけでしょうか? 奥に隠れたものはないのでしょうか?
カインはおそらく、「なぜ、弟が」「なぜ、弟だけが」と思ったのではないかと思います。ということは、表面上は弟に対して怒っているにしても、深い内面では、別の存在に怒っていたのかもしれません。いや、怒るというだけでなく、複雑な感情がありそうです。
また、こういう布置は実際にもあって、深い部分ではある存在に怒っているのに、うまい具合に感情を向けることができず――また、それだけの事情があって――その代償として別のものに怒りをぶつけるというのは、いろんなところでありそうです。身近な例から事件性のあるものまで、いろいろとあるでしょう。
そして、腹を立てるとか怒るとか、そういう感情だけではなく、そこには複雑な感情が存在しそうです。割り切れない複雑なものが、そこにはありそう。説明できない、言語化できないものが、渦巻いていそうですね。
そして、これも気に留めなければならないのが、アベルは最良のものを用意し、カインはそうはしなかったこと。
カインの怒りはアベルに向けられたのですが、その奥には、この事実も隠れていたのかもしれません。明確に意識化されないものの、意識の奥には潜んでいたかもしれませんね。
ということは、誰だって何かに腹を立てながら、その奥には、「自分のしてしまったこと」や「自分のしなかったこと」が隠されているかもしれないということです。
もちろん、それだけじゃないですよ、上で述べた複雑な感情と共に、それもあるのです。
こんなに絡まっていれば、そりゃ、分かり難いですよね。意識化したり言語化したり、そういうのは難しそう。強い感情が伴なっているわけだし。
☆
と、このように、主体性を脅かすような思いがけない現象の奥には、いろんなものが存在しそうです。それも、段になって、幾つもの要素が隠れていそう。しかも、聖書や神話の時代から受け継いでいる、人間の業(ごう)のようなものまで見えてくるのですから、深いですね。表面上のものだけでは把握できないはずです。
更に、そこに強い感情まで絡まるのですから、そりゃ意識できません。
その感情にしても、表に現れている感情だけでなく、いろんな複雑な感情が絡まりあっているわけだし。
☆
こういうことを考えると、表面上のものを追っているだけでは何も分からないことが分かりますね。
問題は幾つもの構造を持っているようだし、複雑な感情まで絡まっている。ちょっと見ただけでは何も分かりません。しかもその深さたるや、神話の時代からある人間の業にまで関係しているという。
そりゃ、一筋縄ではいきませんわ。
そして、ここで大事なことは。奥にあるものを吐き切ること。あるいは、それを最後まで聴くこと。
このようなことには、とんでもない時間と労力がかかりそうですが、それ無しには出てこないものなのかもしれません。
そして最初は、どぎついものや激しいものが出てくるのかもしれませんが、奥に溜まっているものが出てくるのだから、そういうものなのでしょう。
こういうのは、出てくる間に、やがて落ち着くものなんでしょうね。
しかし、人間というのは、奥にいろんなものを持っているものなんですね…
(続きは「二つの心/コンプレックス」に…)
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